【物語】失敗を繰り返しながら弱い自分を変えた話

じゅえいと申します。

これは、僕が「弱い自分」から「強い自分」に変えた小学2年生〜中学3年生までの出来事です。(かなり長いですが少し目を向けて下されば幸いです。)

 

人生で初めての大きな失敗。

この話は僕が大きな失敗を体験した小学2年生の頃からはじまります。その大きな失敗とは、それはおしっこを漏らすという大失敗です。それも、クラスのみんなの前で。(汚い話で申し訳ない。)

その大失敗を体験したのは、学校の教室で、4時間目の図工の時間でのことだったと思います。先生が「材料を取りにきてくださーい!」と言って、そしてクラスのみんなが「はーい」と取りに行く時、僕はその場で立ち止まっていました。その理由はずっと我慢していた尿意の限界が来て、絶望していたからです。僕が「先生」と言った頃にはもう遅い。僕はみんなの前で尿を漏らし、僕は「おしまいだ終わった」と思い恥ずかしくて泣きながら、先生に保健室まで連れられて、親に迎えにきてもらい、その日は家に帰ることにしました。

 

はじめての不登校、僕はどんどん闇の中へと…

ここから明日も「まっ、そういう時もあるっしょ!」と再び学校に行けたら良かったのですが、僕はもともと不安を感じやすいタイプだったので、「バカにされたらどうしよう」「明日学校に行ったらいじめられるに違いない」という不安が頭の中に木霊して、ついには3ヶ月くらい不登校になってしまいました。

それからどんどん僕の心は闇に包まれていき「人間なんか嫌いだ」「周りにいる人たちは全員敵なんだ」「僕に味方なんていない」と思うようになりネガティブな思いが悪化していきました。

父親が教えてくれた少しの希望。

でも僕の父親はそのことに気づいていてくれたみたいで、父親は僕が学校に慣れてくれるために、外の世界に慣れてくれるために僕を連れて学校の近くで散歩をしてくれて、僕は少しずつ「また学校に行きたい」と思うようになっていきました。

おかげで僕は再び学校に行くようになりました。しかし僕の大失敗はまだまだ続きます。3ヶ月間も学校に行っていなかったので勉強は遅れていたり、不安感が強かったりして、普通の教室では息苦しかったため、支援教室に行くことになりました。

その頃の僕は物凄く人に対して怖がっていたので、担任の先生ではなく、父親に先生をしてもらいました。(父親は頭が良くて、正直、担任の先生よりも父親の方が分かりやすく楽しく、安心して勉強が出来ました)そのおかげで、僕は心に余裕が出来てきて笑顔で元気な自分に戻ることが出来ました。

新しい教室、新しい先生。

だったのですが父親と学校の先生たちの話で、なんらかの失敗があり、2つ目の支援教室(僕の通っていた小学校では支援教室が2つある)で勉強することになりました。

ここから僕の人生はどんどん狂って行きます。僕が3年生になり、2つ目の支援教室に入ると、僕はまた人間不信になっていき僕自身に次のさらなる大きな問題と立ち向かうことになっていきました。

その2つ目の教室は僕にとって「勉強をする場所」というより「牢獄」のようなものでした。なぜそうなってしまったかと言うと、新しい先生の性格が僕の性格と全く違っていたからです。その2つ目の教室の先生は「相手の気持ちが分からない先生」で、子供に出来るわけがないことを無理やりやらせたり、少しでもミスをするとすぐ怒ってくるという先生でした。(そんなことされたら僕は怖くて何も出来なくなってしまう。)

場面緘黙症との出会い。

僕はその苦しさに耐えきれず、「学校に行きたい」という思いから一気に「学校に行きたくない」という思いに戻り、また「人間なんて嫌いだ」と思うようになって、僕はとうとう不安が限界に達して「場面緘黙症」という、家では普通に喋れるのに学校や会社などのある特定の場所では一言も喋れなくなってしまうという病気によって僕は「喋れない自分」になってしまいました。

その場面緘黙症という大きな問題と僕は立ち向かうことになりました。

逃げるが負け。

もちろん、他人の先生は人の気持ちが分からないのでまったく助けてくれないし、他の先生も頭の硬い人がほとんどで、自分には助けを呼ぶ勇気などなく、味方といえば親しかいないという状況になりました。

学校の生徒も、まったく喋らない僕を怖がり、僕は全校生徒に「変な奴」と思われるようになりました。

そんな状況が嫌で、僕は支援教室の授業中に全速力で学校から逃げ出そうとしたこともありました。「こんな人生嫌だ!!」そんな思いで泣きながら走って下駄箱が見えて「やった!」と思ったところで、あの担任の先生に捕まり引きずられながら教室にもどされました。これが小学4年生くらいの頃でしたね。

僕を救った2つの出会い。

支援教室の先生に無理難題を押し付けられ、全校生徒に怖がられ、「もしかしたら誰かに殺されるかもしれない」というありえない不安を抱え続ける僕を救ったのが、「妄想」と「絵」の出会いでした。

1つ目は妄想。妄想ならば苦しい現実を見なくても良くなり、自分の中で自由に自分の世界を作れるので(なんでもありなので)それによって少し人生が楽しくなりました。

現実逃避なのですが、僕の場合現実から逃げるというより、現実と妄想をくっつけるような感じで、例えば掃除の時間に頭の中で好きなアニメキャラクターが横に立っている風景を想像して「今日帰ったら何する?あっ、あのゲームしようよ!」「いいねえ」みたいな感じで頭の中で会話しながら掃除をしたり、ご飯を食べる時に沢山のアニメキャラクターたちを呼んで楽しいお話しをして食べている状況を想像しながら食べたり、いじめられた時は好きなアニメキャラクターが「そんなこともあるよ」と慰めてくれるところを想像したり、というようなことをして、まるでアニメを見ているかのように楽しく生きられて、空想を上手く使いながらなんとか逆境を乗り越えていました。

そして2つ目の絵は、同じ支援教室の小学5年生の先輩が絵を描いて賞をとったところを見て「僕も絵を描きたい」と思い、絵を描くようなりました。

休み時間は常に絵を描き続けました。絵なら自分の世界を形に出来ることに魅力を感じて、小学生5年生から賞をとるようになって「〇〇くん、すごいね!」と言われるようになり、「僕ってダメ人間じゃないんだ」ということに気づきはじめました。

しかし絵が上手くなったおかげで、僕を嫌う人も増えて、通りすがりに舌打ちをされたり、嫌がらせをしてきたりする人が多くなり、僕は「どんなに力を持っても、すべての人間に好かれるとは限らない」ということを学び、小学校生活を終えました。

僕の人生を大きく変えた心理学との出会い。

中学校に入っても学力もあまりなくてまだみんなと関わるのが苦手だったので、今度は中学校の支援教室に行くことになりました。その支援教室の先生はとてもいい先生だったので、少し安心出来ました。

中学1年生の僕は「どうやって生きればいいんだろう」と迷うことが多くなり「自分はなにか間違っているのではないか?」と思うことが多くなりました。

次第に「自分を変えたい」といつ思いが強くなり中学2年生の頃には場面緘黙症を治そうと思い、定期的に本屋に行って人に少しずつ慣れていきながら、自分を変えるための本を探し続けました。するとそこで出会ったのが「嫌われる勇気」という本でした。この本は岸見一郎さんと古賀史健さんの共著で、アルフレッドアドラーの「アドラー心理学」を解説している本。

僕はこの本を読んで「これを使えば場面緘黙症を治せるかもしれない」と思い、冬休みと春休みを使って僕はアドラー心理学を勉強し続けました。

新しい自分を探す旅へ。

春休みに入ると、アドラー心理学だけでは不十分だと思って他の方法を探すようになって、あのニコニコ動画やYoutubeで人生を変えられるような貴重な知識や情報を紹介してくださっているメンタリストDaiGoさんの動画に出会って、「この世の中にはこんなに沢山の人生を変える方法があるのか」ということに気付いて、人生で初めて運動をしたり、瞑想だったりもしたりして本格的に人生を変えていきました。

こんなに行動できたのは、初めてSNSに挑戦してみて、投稿した僕の絵が多くの人に評価されて1000人のフォロワーを持つことが出来たからでもあると思います。今まではそんなに仲間なんていませんでしたから、1000人の仲間がいるということが僕に自信をくれたおかげで、過去の自分にはなかった行動力を発揮できたんだと思います。

人生を変えようとして頑張っているときはとても幸せな感覚がしました。とうとう中学3年生になった頃には、不安をまったく感じないほどの自分まで変えるという急成長しました。自分でも「僕ってこんなに自分を変えられるんだ」と驚きました。

いざ声を放つ時。

そしていざ声を放つ時。春休みが終わった始業式、教室で元気よく「おはようございます!」と言葉を放つことに成功しました。

場面緘黙症を治すことが出来て、学校の帰りは嬉し涙で泣いて帰ったのを今でも覚えています。ずっと言いたいことを言えなくて悩み続けていた場面緘黙症を治して「自分は変えられるんだ」と思い始めたのが、中学3年生の初め頃でした。

場面緘黙症を治す前の自分は寝る前に布団の中で怖くて泣いているような自分でしたが、今ではどんな失敗や不安があっても自分で立て直すことが出来る様になりました。

終わりに。

今回の話はいかがでしたでしょうか?少しでも何かのお力になれば幸いです。

しかし今回の話にはまだ続きがありまして実は喋れるようになった後に、おそらくこれが16年間の人生で一番の失敗だろうと言えるような大失敗を体験しました。でもその話はすごく長くなってしまうので今回は書きません。また機会がありましたら今回の話の続きを話そうと思います。

今回はありがとうございました。お身体にお気をつけて今をお過ごし下さい。